一般の感覚からすると「『赤』外光」というくらいなので赤い光が見えるのも不思議ではないような気もしますが、赤外光は人間の目に見えないからこそ「赤外」と名が付いているわけで、赤い光が見えているならそれは可視光であって赤外光ではありません。テレビのリモコンの送信部から光が出るのを認知できる人は(多分)いないと思いますが、あれがまさしく赤外光です。
前々から不思議に思っていたんです。そもそも本当に赤外光でAF補助が可能なら、赤い光を出す必要性が無い……というか出さない方が便利です。赤外光であれば目に見えないため暗い場所でも雰囲気を壊さずに撮影できるはずが、赤い光が出ているせいで台無しです。そりゃスピードライトの弱発光によるAF補助に比べればましですが、赤い光も結構バカにならない照度でして、これじゃあ何のための赤外AF補助なのか、という話です。
とはいえ、「赤い光が出ている」ということと「赤外光でAF補助している」ということは必ずしも矛盾しないわけでして、「実際のAFは赤外光で行っているけれどもそれだと人間の目には見えないので、『AFしてますよ』と使用者に分かりやすくするため赤い光を出している」と考えればまだ納得です。ようするに、電気コタツがオレンジに光るのと同じ理由ですね(あるいは暗い場所での盗撮防止とかでしょうか?)。
が、そうすると結局赤外光AF補助のメリットを殺していることになるわけで、だったら赤い光すら出ない真に暗所撮影向きの設定ができるようにしてほしいものです。でもそういう設定はできない……ということは本当に赤外光が出てんのか怪しいぞ? という当初の問題に帰着するわけです。結局のところ赤外光が出ているのかどうかは測ってみなければ誰にもわからないわけで、だったら測ってみればいい、という個人的なこの疑問を解決しようというお話です。
赤外光が出ているかどうかは分光してみるのが手っ取り早いでしょう。ということで、ファイバー型分光器に600EX-RTのAF補助光を当てて、赤外光が出ているかを調べます。
ところでどれくらいの波長を赤外光というのか、ネットで調べると結構曖昧なのでここは出典のはっきりしている本を引きましょう。機器分析のてびき(化学同人)によれば、750 nm以上の光を赤外として分類しているようなので、今回はそれに倣いました。
さて、測定方法を紹介しましょう。原理としてはこんな感じです。
Fig.1 ざっくりとした測定装置概略
ごくごく簡素なセッティングですね。
スピードライトから出た赤外光(?)はファイバー内を通り分光器で分光され、結果はUSB接続されたPCに出力されるという寸法です。
まずは予備実験として、分光器のチェック。蛍光灯の灯りを分光してみました。横軸が光の波長、縦軸が各波長の光強度です。
Fig.2 蛍光灯放射スペクトル
蛍光灯などの白い明りは擬似白色光と呼ばれ、青、緑、赤の光(Fig.2でいうとシャープな三つの強い光)をバランスよくミックスすることで白く見せています。なぜ「擬似」かというと「真の白色光」は太陽光のように様々な色が途切れることなく(フラウンホーファー線がありますけど)含まれているものを指すからです。
ちなみにFig.2はデモンストレーション的な図であって、今回の測定においてあまり意味はありません。
続いてハロゲン-重水素ランプ。
Fig.3 ハロゲン-重水素ランプの放射スペクトル
こちらはFig.2と違い、装置の検出感度を調べるために必要な予備実験です。
注目なのがFig.3の750nmよりも長波長の領域です。ここからが赤外と呼ばれる部分ですが、分光器によっては赤外域をカバーしていないものもあります。今回使った分光器はFig.3の通り、赤外域でもちゃんと検出できることが分かりましたので、スピードライトの光が赤外光か否かの測定に適していることが確認できました。
というわけで、いよいよスピードライトの補助光を測ります。
Fig.4 スピードライトのAF補助光スペクトル
ちょうど700 nmに綺麗なピークが出ました。うん、実にシャープな単一の可視光LEDですね。750 nmより長波長側には発光が見えないことから、赤外光は出ていないことが分かります。つまり、肉眼に見えている赤い光がAF補助光の全てであり、目に見えない光は出ていないということです。
ということで測定の結果、カメラのメニューで赤外光と表示されているのは不正確で、実際は赤色の可視光でAF補助しているものと思われます。
ただ、この分光器は長波長側の検出限界が1100 nmまでですから、もしかしたらこれよりも長い光を使って測距しているという可能性が無いとは言い切れません……と思ったのですが、以下の理由からその可能性は極めて低いと思われます。
① 仮に1100 nm以上の赤外光が出ているとした場合、それをAFユニットは感知しなければなりません(でないとAFできない)。光検出に特化した専用の分光器でさえ1100 nm以上は感知できないというのに、カメラの小さな筐体に赤外検出のためのユニットが入っているとは思えません。
② 市販されているLEDを調べてみたところ、簡単に手に入る赤外LEDは940 nmまでのものがほとんどで、1000 nm以上の光を出すものはすぐには見当たりませんでした。特注すれば可能かもしれませんが、スピードライトの汎用品としての性質を念頭におけば一般流通するような部品が使われていると考えるのが普通でしょう。
③ テレビのリモコンなどの波長(あれも赤外線)は900 nm周辺ですから、身近な製品で良く用いられる波長域がこのあたりであることを考えると、やはりスピードライトから赤外光は出ていないと考えるのが妥当だと思います。
ということで、1100 nm以下の赤外光が出ていないのはFig.4から明らかなことに加え、上記の理由より1100 nm以上の赤外光も出ていない可能性が高いのではないかと考察できます。
とはいえこれはただの推測にすぎません。本気で確かめるならIRカットフィルターをAF補助光発光部に取り付け暗所で測距できるかをテストしたり、逆に可視カットフィルターを付けて試したり、あるいはスピードライトをばらして構成部品からチェックしたりするべきなのでしょうが、まあいいや、面倒だし。
「いやそれは正確性に欠くでしょ!」とお思いの方がいらっしゃいましたら、ぜひ試してみて、結果を教えて頂ければ幸甚です。
ということで、まとめ。
AF補助光でよくいわれる「赤外光」は赤外光ではなくただの赤い可視光であり、カメラ側の表記は正しくないのではないかと私は結論したいと思います。
Fig.5 うそつき!!!!
まあ、この辺の表記をいちいちあげつらっていたらきりがないので、別に言葉が正確に使われていないからどうこうというつもりは全くありません……いや、もう散々どうこう言ったあとですけれど……。ただ個人的にどうもモヤモヤした印象がぬぐえないのは気持ち悪いので、スッキリしたかったというだけのお話でした。
こんな話、理系同士ならネタにもなるでしょうが、一般の人にしたらただのウザくて細かいオタク野郎ですからね。
ものすごく面白く読まさせていただきました。
返信削除最近お目にかかれないディープなオタクな記事です。バカにしているのではありません。素晴らしい分析記事だと思います!
600EX-RT で調べたとありますが 600EX ii は赤外ですが 600EXは赤外じゃないはずですが…
返信削除ちなみに赤外はミラーレスなどでは使えません